ハート形の絵文字

Alain July 6, 2025 at 2:38 PM · 3 min read
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紀元1世紀、ローマ。どこかでまた、火事が起きている。皇帝ネロの屋敷には、セリ科フェルラ属の大きな植物、伝説のシルフィウムの、最後に残った一株が誇らしげに飾られている。この植物が見つかることは、もう二度とない。

伝説ではアポロン神からの贈り物とされたこの植物は、キレナイカ(現在のリビア)の、長さ60kmほどの狭い海岸地帯にしか生えず、古代都市キュレネ最大の財源だった。キュレネの硬貨にも、その姿が刻まれているほどだ。

シルフィウムは古代世界でもっとも重要な薬のひとつと考えられ、その使い道はほとんど限りがなかった。根から採れる赤い樹脂はラセルピキウムと呼ばれ、文字どおり同じ重さの金と同じ値段で売られていた。下の写真が、シルフィウムの種!


ちょっと待って!ハート形の種+媚薬になる薬

誰かが思いついた。「これを愛のしるしにしよう」……。シルフィウムを表す象形文字がこの形をしているのも、偶然ではない。古代エジプト人のロマンチストぶりを侮ってはいけない。

こうして時がたつうちに、私たちのよく知る小さなハートの形は、少なくとも地中海沿岸とその周辺では「愛を表す文字」になっていく。この結びつきは、少しずつ、さらに遠くへ広がっていった。

ご注意を。ここから先はもちろん史実ではありません。1988年に至るまでの出来事を、楽しみながら作ってみました:

遠い昔のある12月、シベリア。セルゲイが友人のイワンに言う。「オルガに、愛してるって伝えたいんだ」。イワン「雪の上にハートを描いてやれよ。西洋風にさ」。こうして口から口へと伝わるうちに何世紀もが過ぎ、ある日のこと。日本を攻めようとしたフビライ・ハンの艦隊が、二度目の神風に吹き飛ばされようとしていた。そのとき、ソジュ(韓国の焼酎)に酔った、何も知らない韓国人の水夫ボンファが、信じられないことにほとんど偶然に岸までたどり着き、沖縄の島に流れ着く。そこで出会ったのが、真珠を採る海女の梢(こずえ)。彼女はボンファに日本酒を飲ませてくれた。二人はたちまち恋に落ち、ハートの印を知っていたボンファは、愛する人に気持ちを伝えようと、ココナッツの実にハートの形を焦がして描いた。こうしてハートの印は、ついに日本にも上陸したのである。それからずっと後のこと、その海女の遠い親戚が、日本の会社シャープでグラフィック・インターフェースのプログラマーになる。名前はわからないが、ここでは仮に柴ヒロシと呼ぶことにしよう。

時は1988年。まもなく発売される新しいPDA、PA-8500(下が最初の絵文字のセット)のインターフェースに、どの絵文字を入れるかを決めなければならない。ヒロシのいるチームの案は、最初はスマイルマークとうんちだけ、というものだった。ヒロシは譲らず、ハートも入れてほしいと言い張る。その先は、よく言うように、歴史が語るとおりである。

「絵文字」という言葉が生まれたのも、ちょうどこの頃だ。ご存じのとおり、これは「絵」と「文字」という二つの日本語を合わせた言葉で、つまり絵文字とはピクトグラムのことである。長々とこんな映画のような話をしたのは、こう言いたかったからだ。ローマの女性や男性にハートを送るのは、シルフィウム最後の種を、2000年ぶりに故郷へ送り返すようなものなのだ、と。