この問いに首尾一貫した合理的な答えを与えるには、用語の明確化が必要である。
禅宗の決定的な特徴は、悟りを得るための瞑想の活用にある。このため禅寺は、集中力と瞑想を助ける役割を担う庭園に特に注意を払う。
庭園をリラックス、ひいては瞑想全般のための道具と捉える発想は、無相宗石巌(1275–1351)に帰せられる。
禅の美学は、私が別稿で論じた七つの特徴によって支配されている。
最も重要なのは対称性の欠如である。第二は自然さの追求である。いわゆる禅庭園とは枯山水であり、石が島を象徴し、掻き分けられた砂が水を象徴する庭園である。石の位置は決して無作為ではなく、むしろ細心の注意を要する。例えば京都の龍安寺の庭園は、どの位置からも全ての石が見えないように設計されている。少なくとも一つは見えなくなる。これは明らかに、現実が感覚を通じて理解できないことを示すためである。ただし、この種の庭園は数ある禅庭園の一つに過ぎず、他の宗派の寺院にも禅庭園は存在することを留意すべきである。
こちらは建長寺禅寺の庭園である。前述の禅美学基準に従って造られたため、間違いなく禅庭園だが、枯山水ではない。

ではこちらは?

これは間違いなく枯山水である。所属する寺院は禅宗ではなく浄土宗である。それでも問題ない。禅の美的基準に基づいて造られたからこそ、やはり禅なのである。
禅宗は常に国家の庇護を受け、国家の一部でさえあった。その結果、その知的創造物は大成功を収め、その美学は日本の美学の最高峰となった。
したがって、この状況は二つの観点から捉えられる。
一方で、建築に貼られた「禅」というラベルは、もはや意味を失っている。その特徴は事実上どこにでも見出せる。例えばこの鐘形の窓は、広く普及している禅起源の様式である。

しかし他方で、禅宗が日本文化とその表現様式を再定義した事実は否定できない。日本史におけるその役割を忘れてはならない。
結論:禅庭園とは禅の美的基準に基づいて造られた庭園である。その基準を知りたい方は上記リンクを参照されたい。
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